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■夢のホルン
 わんにゃん走らせ踊るは豚の子ホルン。ホルスタイン並の巨乳複乳セックスシンボル、抱かれた者はみんなホルンの虜。抱かれなくてもその一瞥で、すっかり魂を抜かれたみたいに腑抜けてしまう。投げキスされたらどうしよう、ウィンクされたらどうなるだろう、電撃にでも打たれたみたいにその場に立ち尽くして、塩の柱になってしまっても不思議じゃなかった。
 そんなホルンも歳をとって魅力を失う。あんなに張り切っていた乳房も干し葡萄みたいにしわくちゃ、キレまくっていた腰の動きも今ではハエの足場にうってつけ。だれもホルンを振り返ることはしなくなった。誰もホルンを相手にしなくなった。ひとり寂しいホルンのしとね、はらはら涙を流しながら、黄色い濁った母乳が青洟みたいにシーツを汚した。
「誰も彼もわたしのことを忘れてしまったみたい」
 ホルンは鼻声で枕に顔を突っ伏して、うめくようにモゴモゴと語る。声は枕に詰まった垢と汗の塊みたいにな綿の中に吸い込まれて、ホルンと神様のほかには誰にも聞き取れなかった。
「昔はよかった、世界中の半分はわたしの物だった、ほしいものを見つけるのが難しいくらいだった、いつでもわたしがそう思う前には手に入ってた」
 今ではホルンの部屋に、昔日を思わせるものは何一つなかった。その魅力が翳った時分に、悪い男に捕まったのだ。精肉所の冷蔵庫みたいにホルンを逆さに吊り下げてサンドバッグにしたところで、もう何一つ、埃も出ないくらいにホルンの持ってる全てのものを吸い取られてしまったのだ。
「まるで絵空事、夢みたいに過ぎてしまったの、今ではもう本当のことだったなんて思えない、そう、全部夢、今だって悪い夢だわ、そうでも思わなきゃやってられない、何にも信じられない、でも、どうしたってこの悪夢から逃れられないのよ」
 枕から顔を離すと涙と唾液と鼻汁でぐっしょり糸を引く。昔はこんな不浄なものさえ男の引く手は数多だった。体毛ひとつをとっても秘蔵されるくらいのお宝だった。いまや、それらはそれら以上の価値を持たない、ただの汚物であり抜け毛に過ぎない。悪臭を放ち、櫛を通すとごっそりと抜け落ちる。
「そう、わたしは宝石箱だった、今では生ゴミの詰まったポリバケツ」
 じっとりと湿ったシーツの上でのたうつホルン。薄布団は冷気を通して、ホルンの痩せこけた肌をまさぐる。どんなに邪険にしてもしつこく迫る間男みたいに、ホルンの体にまとわりついた。
「とても信じられない、本当のことだとは思えない、わたしが今こうしているのが夢みたい、夢なら覚めてくれればいいのだけれど」
 眠られぬ夜が明けると、ホルンは昼近くに目を覚ました。ささやかな期待をこめて浴室の鏡を覗いてみると、しなびた年寄りの雌豚の姿があった。ゴミ溜めのような安アパートの一室も変わってはいなかった。日差しは容赦なくホルンの置かれた現実を照らし出して見せた。ホルンは蹄で顔を引きむしった。弛んだ皮膚はビニールのように裂けて、抜き身の肌からリンパ液交じりのまだらな血液が染みでる。憎悪をこめた前肢は勢いづいて、スコップで土塊を彫るようにして、ホルンの顔面を削いでいく。みるみる骨が露になる、目蓋のないむき出しの眼球が血と脂肪と細切れの中から鏡を覗きこんでいる。そして臼歯を噛み締め頬の腱を痙攣させて、嘲笑うのだ。
「そう、これがわたしよ、わたしなのよ、真実なのは今も昔もこれからも、一皮剥かれたこのわたしは変わらないってことなのよ!」
 血染めのホルンは真っ赤な足跡をつけながら、外に繰り出す。ホルンを一目みるや、みんな青ざめ悲鳴をあげる。気の弱い者はあぶくを吐いて、その場で卒倒しさえした。誰もホルンを無視できなかった。誰もが立ち止まり、ホルンから目を離せなかった。ホルンは上機嫌に、ガチガチと歯を鳴らしてステップを踏む。
「やっと気づいた、みんなわたしに気づいてくれた、これがホルンよ! わたしがホルンよ! あなたたちがホルンをどんな羽目にあわせたか、とくとご覧になってあそばせ!」
 ホルンは奇声をあげながら街の通りを駆け抜けた。アスファルトに蹄を打ち付け、くるくるとピルエットさえ演じて見せて、顔からほとばしる血液を観衆に浴びせかけさえした。
「ははっ、ははっ、ホルンさまの聖水だよ、一滴だって家宝ものだよ、ありがたいねぇ、ありがたいねぇ」
 ホルンは失禁し、糞さえ露な尻からひり出した。流麗なピルエットはそれでも揺らがず、辺りに汚物を撒き散らす。我にかえった者はあわててホルンから逃げ出した。ついにはホルンは車道に飛び出し、行き交う車の合間を縫って、車線の間の分離帯に飛び乗り、傲然と胸をそらして観衆を見下す。通報があったのか警邏の途中か、犬の警官の姿が人ごみを掻き分けて現れる。ホルンに向かって何かを叫んでいるが、朝のラッシュとホルンの登場で騒然としたこの場では、よく通る割鐘のようなホルンの声の他、誰の声も渾然として聞き取ることができない。
「こうでもしないとこのホルン様だとわからないなんて、まったくグズ共だね!」
 ホルンはコンクリートの高台から、そう言い放つ。排気ガスの中で蜃気楼のように浮かぶそのシルエットは、破滅を告げる預言者のように不吉なものに思われた。この場にはホルンの言葉しか存在しないかのようだった。誰も目を背けることはできず、車は停まり、渋滞の中でのクラクションがまるでホルンの調子に合わせるように鳴り響く。
「そうだよ、やっとアンタらは忘れちまったかもしれないけど、わたしはアンタらを忘れちゃいなかったよ、わたし以外の畜生共!
 よくも皮一枚でわたしを神様みたいに持ち上げてくれたもんね、よくもこの皮一枚でわたしを病気もちの野良犬みたいに」
 ぶっぶーぶぶーぶっぶぶー、唱和するクラクション。ホルンは大きく息を吸い込み、体にたかる蝿共をバチバチとその身をを打って払う。
「わたしは忘れないよ、蛆虫共! あんたらは糞にたかる蝿の幼虫さ、こんな糞袋に盛かる盲の白痴さ! あんたらの親分の糞蝿共はビルをおっ立て落書きを貼り散らす広告屋共さ! ああいやだ、この世はおぞましい肥溜めだってのに、あんたらは若い女やガラクタやなんかを美しいだなんて分厚い面の皮で言い放つんだからね、お笑いだよ、そう、喜劇だわよ、わたしもあんたらも神様が脂ぎったスナックと甘ったるいジュースの合間に笑い転げる喜劇役者なんだからね、何を深刻ぶってんだろう、馬鹿らしい、馬鹿でもなきゃあ正気でやってられやしない」
 ホルンは分離帯の上で哄笑する、その足元には顔や股から足を伝って汚物が溜まる。笑いすぎて仰け反るホルンは、自らつくったぬかるみに足を滑らせ転んだ。後肢は観衆に突き出され、股座を露に環視に晒し、頭は分離帯の縁に強く打ち付けられる。そのまま踵を停車していた車のボンネットに叩きつけ、コンクリートの壁と車体の隙間にくの字になって埋もれていく。体中のベタベタヌルヌルとした粘液が潤滑油になって、ついには狭い隙間の底に尻をつく。体は完全に畳み込まれてしまっていた。ピクピクと痙攣する手足と薄い頭皮だけが、ボンネットの上で活花のように観衆の目に晒され続けた。ぶっぶっぶぶー。クラクションはファンファーレのように鳴り響く。


 顔にぐるぐる巻きの包帯をして、ホルンはスーパーのレジに立っていた。それがホルンの仕事だ、バーコードをスキャナに通して、テキパキと数字のキーを打つ。レジの前には今日の新聞がくるんと丸めて収まっている。手に取る客は新聞の一面とレジ打ちを見比べ、笑顔を浮かべる。ホルンはそれに応えて、包帯越しに照れ笑いを返した。
 昼休み、公園のベンチで食事をした。手作りのサンドイッチに、コーヒー入りの魔法瓶、痛み止めの麻薬の錠剤。食後、前歯で白い錠剤を砕いて、コーヒーで流す。胃のあたりからゆっくりと暖かい波が体の四方に伝わり、ゆったりとした陶酔感と浮遊感に襲われた。目蓋がさがって、口元が緩んでヨダレが垂れる。黄色い日差しにぼやけた視界、間近で眺める油絵みたいに、景色が滲んだ。
 声が聞こえる。
「またやらかしたんだって、ホルン」
 同僚の男性店員の声だ。
「そりゃあ誰だってあんたの不幸は知ってるさ、それにあんたが美しかったことだって」
 ホルンはいい気持ちで男の声を聞いていた。牛のゴスン、真っ黒で真っ白な部分があって・・・・・・、角は根元まで削られている。首筋にはハートマークの焼印、耳の縁には千切れたピアスの跡。前科者の老いた雄牛。
「ムショではアンタの写真が聖書よりも心の支えになったもんさ、ヌードポスターの争奪で殺しがあったくらいだ、あんたが出る映画を見た夜なんかは眠られやしなかった、他の房のやつも呻いていたり、すすり泣いていたり・・・・・・、たまらなかったな」
 ゴスンはホルンの隣に腰を下ろすと、懐から色あせた写真を取り出して見せた。そこにはかつての飽満で張り切ったホルンの姿があった。ホルンの潤んだ瞳は写真を眺めていた。目蓋があれば目を細めでもしたかもしれない。
「美しいわ」
「ああ、天上の美だ」
「美しかった頃は、幸福だったわ」
「あんたが美しかった頃は、俺はあんたにしか幸福を見つけられなかったよ」
「そう、お互い幸せでよかったわね」
「今はこの写真にも、あんたのその姿にも、幸福なんて感じないよ」
「それじゃあ、今は不幸なの?」
「いいや、今はずっと幸せだ」
 ゴスンはホルンの膝に、写真を乗せた。ホルンは塵でも払うように、写真を膝から退かした。写真は宙を滑って、落ち葉の塊に混ざった。
「過去の幸福を反芻するのは飽き飽きよ」
「おれには不幸だった過去の唯一の光だった、思い出だよ」
「そして今の幸せを噛み締めるのね、うらやましいわ」
「おれはどん底だったときに、あんたに救われたんだ、今のあんたを見ていると、その・・・・・・」
「ごめんなさいね、わたしはそれでも、夢をみている方が好きなのよ」
「いや、気にしないでくれ、だけど、友達くらいにはなれるよな?」
「ええ、もちろん・・・・・・、ありがとう」
 大柄なゴスンが立ち上がると、ベンチもついでに浮き上がりそうだった。痩せた豚のホルンは、思わずベンチの腰掛を両手で掴む。ゴスンはスーパーに向かって歩いていく。その背中が見えなくなる、ホルンは泣きはじめた。膝に顔を押し付けようとしたけど、胴体にぐるりと巻かれたギブスで腰を折り曲げることもできない。女の子みたいに、手を顔に押し当て声を押し殺して泣いた。体の中から熱がなくなり、胸はぽっかりと穴が開いたようで、目の前は真っ黒だった。ただ、目と蹄ばかりが涙で熱い。不意に、その肩に腕がまわされる。
「ああ、ゴスン・・・・・・」


 最後に意識を取り戻したのは手術台の上でのことで、汚れたガーゼと銀色の術具と白衣の医者や看護婦に囲まれていた。仰向けのホルンの正面には沢山の電球と反射鏡の塊のような無影灯があった。皮膚のないホルンの顔が万華鏡のようにいくつもいくつも、その中に映っていた。磨き上げられた鏡に映った剥き出しの筋肉と骨格と眼球のプリズム、それは空に撒き散らされた宝石の輝きのように見えた。
『そうよ、美しいのよ、世界はこんなにも・・・・・・』
 猿の医師は鼠の看護婦からメスの柄を手のひらに受け取り、器用にコルクでも抜くみたいに、スポンと眼球を抜き取った。空ろな眼窩の間をコツコツとメスの先端で叩き、糸ノコを用意すると、頭蓋を切開しはじめた。白いお椀の下から灰色の脳が現れ、電極を差し込む。
「すごいな、こんな美しい風景は見たことがない」
 猿は心からの感嘆をこめてため息を混じりの声をあげた。手術室の一同は、巨大なディスプレイに投影された患者の今際の夢を呆けたように眺めていた。
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